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R.ド・モンテスキュー(1855〜1921)

私のホームページが変わったの、お気づきでしょうか?

世界中の人々ほぼ全員にとってどうでも良いことなので詳細は割愛いたしますが、ブログを書きたくてこのホームページにアップデートしたのです!!!!!

今後はこちらでちょっとしたブログを書いていこうと思いますので、どうぞお付き合いくださいませ。

 

さて、今日はロベール・ド・モンテスキューについて書こうと思います。

ハープ奏者として、記念すべき第一回ブログにはハープのことか、音楽のことか、そういったことを書こうと思ったのですが、私のロベールへの溢れる愛を止めることができませんでした。

今でこそ「モンテスキューって誰?」となっておりますが、1800年末のパリでは知らない人はいないほどの有名人でした。

モンテスキューは伯爵だった為、家柄も良く、お金もあり、見た目も素敵だったため社交会の寵児としてかなりもてはやされていました。

しかも彼のすごいところはただの社交家ではなく、芸術への審美眼が優れていたところにあると思います。

 

・当時名前が埋もれていたエル・グレコを発掘

・象徴派詩人P.ヴェルレーヌを支援

・フォーレを社交界に広める

・ヴェルレーヌをフォーレに紹介する(結果フォーレの音楽性が大きく変わる)

・エミール・ガレに影響を与える 等々…

 

実は探っていくと様々な芸術家と繋がっていって、とても興味深い人間なのです。

とにかく19世紀末のフランス芸術を勉強していると、あらゆる分野の本にこの方の名前が出てきます。

私はプルーストの「失われた時を求めて」が好きなのですが、この中に出てくるシャルリュスという人間のモデルの代表的な一人がこのモンテスキューで、当時この本を読んだ人は「あ、これモンテスキューじゃん」と思ったほどだそう。

ただ、ちょっと生々しい描写の(本人は隠したいであろう)同性愛のシーンなどが作品に書かれていたことで、ショックを受けたモンテスキューは寝込んでしまった、という逸話もあります。

(モンテスキューが亡くなった後の方が過激な書かれ方をしているので、他人事ながら「生きている間にこれは読まなくて良かったね…」と思ってしまいます。)

余談ですが彼は他にも、ユイスマンスの「さかしま」の主人公、ワイルドの「ドリアングレイの肖像」(←これはホイッスラーが描いたモンテスキューの肖像画が元といわれている)のモデルとなっています。

 

モンテスキューのこういった芸術に影響を与えるところもすごいなと思うのですが、私は彼の人間的に面白いところもとても好きなんです。

例えば彼は、友人の写真コレクションをするのが好きだったプルーストに頼まれて、自分の写真をプレゼントしていますが、なんとその時は200枚も写真を違うポーズで撮ったのだとか。

 

どんなけ自分好きなの…!

 

そしてよく見るモンテスキューのこちらの肖像画。

これ、自分の大好きなステッキを愛でているところだそうです。

 

どんなけ杖好きなの…!

 

杖大好きだったんですって。

コレクションしていたぐらいで、この杖はどうやらルイ15世が使っていたものだそうです。

 

しかしもうご覧くださいこの着こなし。

オシャレの権化。

あとはちょっとした小話としては、モンテスキューとプルーストのちょっとした痴話喧嘩みたいなものの仲裁をフォーレがしたりなんかしています。

めっちゃその場でその様子をワイン片手に見ていたかった…!

 

最後はサロンの内容も移り変わり、人々に忘れ去られてしまって寂しい最後だったようですが、この人がいたからこそ発展した芸術や作品をこれからも調べていきたいなと思います。

モンテスキューや彼がいたサロンのお話しは「フォーレと象徴主義」の講座(2024/3/30)でもお話しするので、興味がある方は是非いらしてください!